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不育症とPGT-A(着床前検査)

不育症の3大原因は抗リン脂質抗体症候群、子宮形態異常、夫婦染色体異常(転座などの構造異常)といわれます。また、女性の年齢が高くなると胎児の染色体異常が起きやすくなり、これを反復する不育症が増えてきます。最近では、3大原因にこの胎児染色体異常反復を加えて不育症の4大原因とすることも多くなっています。このうち、着床前検査の対象となるのは夫婦染色体異常と胎児染色体異常反復です。

着床前検査は、受精卵の段階で細胞の一部を採取し染色体異常がないかどうかを調べる検査です。日本産科婦人科学会は、生命倫理の問題に直結するこの技術の導入について様々な観点から慎重に議論を重ねてきました。夫婦染色体異常(転座)に起因する受精卵の染色体異常を検出する検査をPGT-SRと呼び、胎児に偶然発生する染色体の数の異常を検出するものをPGT-Aと呼んでいます。現在、PGT-A、SRは日本産科婦人科学会が主導する臨床研究として全国の不妊治療施設で行われています。

臨床研究の中間報告は、去る9月23日と10月23日に公開シンポジウムの形で行われましたので、WEBで視聴した方もいらっしゃると思います。私は不育症におけるPGT-Aの集計を担当しました。あくまでも中間報告ですが、PGT-Aにより胚移植あたりの妊娠率、出産率(この段階では妊娠4カ月以降の継続率)は上昇し、逆に流産率は低下する(34.7%→8.8%)ことが分かりました。特に年齢が比較的高く、生殖補助医療で良好胚を移植しても流産を繰り返している人には、PGT-Aが福音となる可能性があると思われます。

しかし、ここで注意したいのは、PGT-Aはあくまでも不妊治療が必要な人に行う医療行為であり、すべての不育症患者さんが恩恵を被る訳ではないということです。不育症患者さんの中には妊娠までならすぐにできる、いままでの妊娠はすべて妊活開始から3カ月以内という「非常に妊娠しやすい人(Superfertility、超易妊性)」がかなり多いのです。私が日本医科大学で行なった調査では22%がこのカテゴリーに入っていました。外国の統計では、超易妊性の女性は一般集団で3%なのに対し、不育症女性では32%と報告されています。自然妊娠できるのに、PGT-Aを受けたいがために不妊治療(生殖補助医療)を行うのは、少し違うと言わざるを得ません。

また、別の外国の論文では、PGT-Aを行なった不育症群と自然妊娠をトライした不育症群とで出産率、流産率を比較したところ全く差がありませんでした。それどころか、妊娠するまでの期間はPGT-A群が6.5ヶ月だったのに対し自然妊娠トライ群では3.0ヶ月と、時間的にもPGT-A群が劣っていたというのです。当然のことながら費用もPGT-A群で嵩んでおり、自然妊娠の100倍かかっていたと報告されています(自然妊娠に費用が発生するのか?という議論は別問題です)。

以上のことから、体外受精を行わなくても妊娠できる人がPGT-Aを行おうとする場合は、上記のようなファクトや個人の環境・条件を考慮に入れて慎重に決定する必要があります。もちろん、年齢が高くなれば染色体異常流産の確率は上がりますので、自然妊娠ができる人でもPGT-Aを選択する自由を妨げるものではありません。PGT-Aを受けるときは、必ず個々の状況を考慮したカウンセリングをすることになっていますので、そこでは忌憚のない意見を述べて疑問点を解消しておく必要があります。

また、今回の臨床研究では抗リン脂質抗体症候群、先天性子宮形態異常が見つかった場合は、PGT-Aのエントリー基準から外れることになっています。こうした疾患がある不育症では、PGT-Aの恩恵を受けにくいからです。いずれにせよ、「不育症だからPGT-A」という短絡的な考えは危険で、まずは不育症の専門家に適切な検査とカウンセリングを受けて頂きたいと思います。

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